東京から地方都市へ移住して4か月目にして学んだこと。
それは、「新しい環境に飛び込むときは、少し性格が悪いくらいがちょうどいい」ということだ。
移住したのは夫の地元で、私には何の縁もゆかりもない土地。当然知り合いはまったくおらず、職場も地元の中堅企業のせいかコンプラが厳しく「髪切った?」すらセクハラになるレベルなので雑談がほぼ生まれず、友達ができる雰囲気は皆無。
職場での人間関係は諦めたものの、もともと私は酒好きで人間好き、夫以外のコミュニティが欲しいタイプで、東京では割と友達と呼べる人が沢山いた。とくに酒場での会話でストレスを発散したり満足感を得たりすることが多かったので、新しい土地で友達を作る方法として近所の飲み屋を開拓することにした。
間違えてワイガヤ系居酒屋に入ってしまい、楽しそうに飲む人々を横目に孤独にハイボールを煽ったり、ここはイケそうだと思った立ち飲みのビアバーでまったく話が膨らまず、気まずくてクラフトビールを3杯ガブ飲みして退散したりと失敗を重ねながら、遂に「店主(スタッフ)およびお客さんと会話が弾み、常連になれそうなカウンターバー」と出会えたときの喜びはひとしおだった。
その店を起点に他の店にも足を運ぶようになり、とりあえず行ったら認識してもらえる程度の店が何店舗かできてきた。
私は平日は飲まないので、平日を”ケ”と認定し、そのぶん週末の”ハレ”に浴びるほど酒を飲む生活がしばらく続いた。金土と連続で飲みに行ったり朝まで飲み明かしたり、なんとなく楽しい気がしていたが、基本的に記憶は曖昧で、週末でリズムが崩れることによる疲労とみるみる減っていく貯金、それに伴う罪悪感がだんだん膨らんできた。
そもそも私は移住と同時に転職しており、給与が年俸制から月給制に変わったため、自由に使えるお金が激減していた。その少ないお金では当然足りないのだが、移住によるストレスや寂しさを埋めるために、飲酒以外にも外食や美容グッズ、洋服などで散財しまくっていたので、近年見たことのない貯金額まで目減りした。
さらに、時間が経つにつれて、なんとなく関係が積み上がっていない気がして焦ってもいた。最初の頃は、「地元のいいところ」「おすすめの店」など無難ながら割と盛り上がりやすい話題があったが、だんだん日常になってくると何を話せばいいのかわからない。自分なりに切り込んだり、開示したりしているつもりだけど、なかなか深い話に至らず、漠然と満たされない気持ちを抱えていた。
そんな矢先、たまたま店のスタッフとライブへ行くことになり、「いよいよ友達になれてきたかな」なんてホクホクしながら一緒に鑑賞。
そこまではよかったのだが、終演後トイレに行ったあと合流したら、飲み屋つながりのコミュニティが大集合。総勢十数名くらいの小宇宙が爆誕していて驚愕した。
みんな数人単位でワイワイ話しているなか、気を遣って声をかけてくれたり紹介してもらったりしたものの、そもそも大人数が苦手な私は一気に怖気付いてしまい、何もフックを作れず。
輪の中には一応入れるし、会話もできるけど、うまく馴染めない感がいなめなくて、自分がいたたまれなかった。
その後、分裂したり結合したりする集団と朝4時くらいまで飲んで、最中ずっと私は存在感なく浮いてて寂しさ倍増。誰とも繋がれた感じがしないまま終了。
コミュニティにぶちのめされて心が折れた私は、帰り道、誰もいない神社の境内で咽び泣いたのでした。
最初は、「私が変だからだ」「馴染めない私が悪い」「もっと上手く話せれば」と落ち込んでいたのだけど、ふとこの4ヶ月間を振り返って発覚した衝撃の事実。
これまで金も時間も気力も搾り出して飲み屋コミュニティに挑んできたけど、心から「好き」「仲良くなりたい」と思った人は1人もいなかった。
………。
そもそも私は、人の解像度が上がる瞬間が好きでお酒を飲むところがあり、その人が愛しているカルチャー(趣味が合えばさらに嬉しい)や日々の出来事、過去の経験、そしてその人からしか生まれない物語や思想、感情に触れたいと常々思って飲み屋に通っていたのだった。
だから、たとえ知らない話題でも、「どんな内容なのか」「なぜ好きなのか」一歩踏み込んで会話をするのが通例だったし、それに応えてくれる相手と友達になってきたんだな、と。
でも今のコミュニティは内輪意識が強くて、会話が共通の知人やイベント中心で、個人の価値観や感情みたいな深い話ができなかった。そして、音楽も映画も本も趣味が合わず、投下しても話題が広がらない。
それに違和感を抱きつつも「ノリでイケる」「時間が経てば馴染める」と自分を過信した私は、とりあえずいい客になろうとして、周囲に気を配って、金もないのに散財し、ダラダラ朝まで飲んで記憶を無くし、コミュニティに適応しようとしてた。
結果、消耗。
しかも、東京で積み重ねてきた自分が機能してなくて、価値が出せなくて、自信喪失。最後には「自分が悪い」と絶望して、神社で咽び泣く始末。
でも今回の件をきっかけに、全員に好かれようとし過ぎて、何が好きで、何が楽しいのか見失っていた自分にようやく気が付いた。
新しい環境や状況だと、つい周囲を優先して自分の感覚を無視しがちだけど、好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌いで、受容だけじゃなく排他もしていかないと自分がどんどん無くなってつまらなくなるんだな。と発見だった。
だから多分、新しい環境に飛び込むときは、少し性格が悪いくらいがちょうどいい。(というかきっと常にそう)
私は相手に好かれたくていい人を演じてしまうところがあるので、「苦手」「違う」に正直になって、周囲と距離をとる勇気を持たねば、と自分を奮い立たせている。もはや「全員皆殺しにしてやる」くらいの強い気持ちで、好き嫌いを貫いた方がいいのかもしれない。
移住して4か月目にして友達作りは振り出しに戻ったわけだけど、自分が何を好きで、何を求めて酒を飲んできたのかを思い出せた。そして私がやりたかったのは、自分の心が動く相手と対話を重ねて、お互いに開示し合える関係を築くことなんだと気が付けた。
だからこれからはまず、誰かに好かれるためじゃなく、誰かを好きになるために飲みに行こうと思う。
なお、最後に補足。今回の件は私が合わない場に執着してしまっただけで、地方やコミュニティの方々はまったく悪くない。むしろ私のような異分子が混じってくるのを手放しで喜ぶ人ばかりじゃなかっただろうに、皆さん一様に優しく受け入れてもらって感謝しかないです。あしからず。